後ろに向かって前進だ

牛乳そのものが好きということもあるけれどホットミルクやココアや抹茶オレなんかも好き。

 

でも牛乳を飲むとお腹が痛くなる。それでも牛乳は好きだから飲みたい。三週間くらい時間を空けて今回は大丈夫なんじゃないかと思って飲むけれどやっぱりお腹を壊すまた時間を空けるまた飲む壊すってサイクルをかれこれ20年近く続けてきた。成長していないことと頭が悪いことは違う意味だけれど結果は大体同じなので自分に都合のいい言葉を選んで使い分けていきたい。僕は基本的に物事の原因を周りに見つけようとするので、こうやってお腹を壊すことも牛乳を消化できない僕が悪いんじゃなくて他にあるんじゃないかもしかしたら牛乳じゃなくて飲む時間帯がよくないんじゃないか体調がよくないんじゃないかカップがよくないんじゃないか一緒に食べていたおやつがよくないんじゃないかなんて原因を思い浮かべる度に試してはトイレに駆け込む。そんなこんなでいつもお腹を壊しているのが日常になってしまった。悲しい。でも僕は牛乳を飲みたいし栄養面から考えて飲まないよりも飲んだほうが身体にはいいんじゃないかなんて思ったりもする、お腹を壊すけれどカルシウムは大切。

小さいころからお腹を壊し続けて気が付いたらストレスでもお腹を壊すようになってそのうちお腹を壊すんじゃないかという不安からお腹を壊すようになってしまって今ではもう壊すのが体質のようになってしまった。過食で壊して野菜を食べすぎても壊して何だか知らないけれど今日もお腹の調子は良くないなっていうのが僕の日常。アニメにしても人気は出ない感じのやつ。友達も少ないこれは関係がなかった。長時間の満員電車なんかも駅のトイレ前にはいっつも長い列ができているから不安。大学へも早めに到着できるよう早めに家を出る。お腹が痛くなって途中で休憩しても大丈夫なように。最近は食べなければ出る物がないせいかお腹が痛くなることも減ってきた。でもそうやって空腹でいたり常にお腹を壊しているせいか基本的に体力がない。ちょっと外出して椅子に座って人と話して考えて立ち上がってをやっていると大体夕方の5時過ぎにはもう無理早く帰してシャワー浴びて寝たい状態になる。急に悪寒が走って頭が熱くなって自分が平べったくなったように感じて脳内が非常に狭く感じる。運動的な体力としてはそれなりにあるほうだと思うけれど最近じゃちっとも運動しなくなったのでもしかしたら全然そんなことはなくてただ僕は貧弱なもやしすぎるだけなのかもしれない。そう考えるといつも高校生の頃は運動部で部内でも結構体力があるほうだったのになぁなんて槍が過去の記憶から飛んできて悲しくなる。槍は刺さらずに青痣を作って地面に転がる。それを拾ってまた過去に投げ返す。そんなことはしない。お腹を壊すから体力がなくて体調を崩すのか体力がないから体調を崩す上にお腹を壊すのか鶏が先か卵が先か、最早自分では判断がつかなくてとりあえず最低限をこなすために工夫して言い訳しているだけなのかもしれない。どっちにしろ後ろ向きだ。時々この体力のなさやお腹を壊すことその他の嫌なことはすべて自分の甘えで周りの人間も同様かそれ以上につらいけれど頑張っているんじゃないかなんて不安になる。そうであってほしい。僕の考え方や努力に原因があるのだと思いたい。現実でもインターネットでも基本的に明るい馬鹿でありたいと思っているけれど僕は残念ながら明るくはないただのバカでよく落ち込む。今回の記事だってインターネットでいい記事と悪い記事を読んで少なからずショックを受けたから書いているだけであって、もう少し踏み込むとやっぱり僕が馬鹿だからだ。自分が馬鹿だからっていう結論の出し方はめちゃくちゃ拘束力が強くて、僕自身の頭が悪いせいでぐうの音も出ないくらいに思考が止まる。なら勉強しなさい努力しなさいっていう方向へも流れていかない。だってめんどうくさいから。