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140字には収まりそうもなかった

日記

湯船に浸かりながら耳の舟状窩あたりを爪でひっかくとびっくりするような耳垢がとれる。でかい。こんなでかいものが取れた日には、これを眺めながらアヒルの玩具を湯に浮かべることで普段よりも長風呂ができるような気がする。たまにする。耳垢は何も産まない考えない、僕はこれまでに何も生み出してこなかったし考えてもこなかった、よって耳垢は僕である。三段論法のギャグマンガを読んだことを思い出したけれど思い出すだけで何も考えたりはしない。論によるとつまりは僕は耳垢である。死んだ細胞がうんたらかんたらだから厳密には違うけれど長い目で見れば似たようなものである、と思ってもいいかもしれない。口には出さないけれど。文字にはした。している。ちょっと遅れて力太郎を思い出した。垢を集めて人形を作ったらニンゲンになっちゃった童話だ。導入が違うだけであとのお話は仲間を増やして鬼を退治する、大体桃太郎なのだけれど、お風呂に入って耳垢を眺めて三段論法していて力太郎を思い出していたら、もしかしたらこの耳垢も童話のように自分の意思で喋りはじめるかもしれないなんてことを思った。三段論法によると僕は垢と大差ないのだけれど、もしこの僕と大差ない垢が意思を持ち始めたら、僕はようやく何かを生み出せたと自信を持ってもいいのかもしれない。そうなれば三段論法は崩れ僕は耳垢ではなく僕として、耳垢は耳垢として胸を張ることができるのではないか。こんなくだらないことを考える僕と同一視されたくない耳垢が、自立するために自意識を獲得する素敵なお話になるのではないか。今日はお風呂でそんなことを考えた。